バスケットボール
山崎語録
選手心得 66か条
生活の基本をおろそかにして技術が身につくはずがない。
朝起きたら両親にちゃんとオハヨウゴザイマスって言ってるかい? ごはんを食べた後はちゃんとゴチソウサマって言ってるかい?
追及なくして進歩なし。
「なぜ?」と思って見ると「なるほど」が見つかる。「なるほど」は自分が努力して得た貴重な財産なんだぞ。
毎日の積み重ねなくして勝利なし。
調子がいい時だけ張り切ってやるのは誰にだってできるさ。
ケガ病気も実力のうち。
捻挫していたから力が出せなかったって?そんな言い訳をする選手は次の試合ではきっと風邪をひいて力が出せないよ。
自信、それは土壇場を切り抜けて身につけるもの。思いだけで身につくものではない。
「ヤルゾ!」と思っただけで自信は湧いてこないよ。具体的に何かをやり遂げなきゃ。
自分のランクを自分で勝手に決めるな。
自分のことは自分が一番よく知っている? ウソだよそんなの。人の長所や短所は他人の目からの方がよく見えるものだ。
このまま終ればいいのに…と思った時、すでに敗北が忍び寄っている。
わずかのリードだ。「時間よ早く過ぎてしまえ」と思う。それで大事を取り過ぎてズルズル負ける…よくあるケースだよ。
武器無くして戦争はできない。
チーム創りは慈善事業じゃないよ。「私はこんなことができます!」ってアピールしなきゃ。まじめさだけでは試合に使えないよ。
素質は磨かなければただの石ころと同じだ。
素質があればみんながちやほやするさ。それは君の将来性に期待しているんであって君の業績に敬服しているんじゃないよ。
ほんのちょっとでいいから…が、命とり。
ほんのちょっとだけ休みたい。ほんのちょっとだけ遊びたい。それでダメになった者は数えあげればきりがないよ。
人の真価はパニック状態を切り抜けられたかどうかで決まる。
練習でちゃんとできてもあてにはならない。本番の試合では不安や恐怖や迷いが次々と襲ってくるんだぞ。それでも大丈夫か?
「できない」と「やろうとしない」はまったく違う。
私には無理?どれだけ努力したんだい?
理屈より体験。
知識は本をたくさん読めば増えるさ。それを力にするのは実践の積み重ねだ。知識があることは力があることではないよ。
「もうだめだ」と思った時のひとふんばりが勝利を呼び込む。
こっちが「もうだめだ」と思っている時は相手もきっとそう思っているって。それを顔に出した方が負けさ。
やられたプレイから予測能力が身につく。やられてもやられても向かって行け。
昔から失敗は発明の母って言うだろ。やられることを気にして尻込みしていては力はつかないよ。
やられたらすぐやりかえせ。借金は長いほど利子が高くつく。
やられた一本は大したことではない。それよりも相手に「やったぞ」という気分を長く味わわせておくことの方が重大だ。
プレイの良否はその結果ではなく、時期を逸しなかったかどうかで決まる。
迷ってミスしたことは挽回しにくい。でも「今だ!」と思ってやったことがミスになってもそれは次にナイス!になって返ってくるよ。
ミスは後始末の仕方によって重傷にもなるし軽傷で済むこともある。
怖いのはミスそのものよりもミスの動揺が尾を引くことだよ。たった一回のミスをいつまでもくよくよと考えるな。
強くなるのは抵抗することから始まる。自滅するな。あくまで抵抗せよ。
試合というのは相手にやられるよりも自分で根気をなくしたり集中力を欠いたりして負けることの方が圧倒的に多いものさ。
どんなに小さなことであっても必ず準備がいる。
負けたことのない相手であっても戦う前にもう一度調べ直した方がいい。安易な気持ちがいつか自分の墓穴を掘ることになるよ。
腐っても鯛。
技術は下手でも三年生は苦労した年月が長いから困った時に頼りになるのさ。闘いは技術や体力だけでできるものじゃないよ。
絵に描いたモチは食えない。
ミーティングをたくさんやっても試合には勝てないよ。勝負は練習の積み重ねだよ。練習はコートでやるんだ。作戦盤の上じゃないよ。
他人からやらされているのは練習しているとは言わない。
練習は「勝ちたい」「うまくなりたい」と思うことから始まっているのさ。コートに出てきた時が練習開始ではないよ。
コートに居るのは練習に参加していることにはならない。
チームの発展と自らの向上を願っている者だけが練習に参加してると言えるんだ。ただそこに居るだけなら案山子を並べておけばいい。
悩みが多いことは一生懸命やっているという証拠である。
真剣に生きているからこそ自分自身のことが気になる。ボンヤリ生きている者は自分が役立たずだってことが気にならないんだ。
悲しみや苦しみは食べてしまえ。みんなの前に持ってくるな。
みんなの前でため息をついたり沈んだ顔をするのは同情が欲しいからさ。チームの足を引っ張るのは決まってそんな選手だよ。
ひとりの欠席者のためにもう一度授業のやり直しはしてくれない。
休んでいたので動きがよくわかりませんだって? だからみんなに説明したことをもう一度君のために説明しろってのかい?
優れた選手とは、うまくいかない時に立ち直るきっかけづくりを自らやれる選手のことである。
すごいプレイをする選手なのにうまくいかないとすぐふてくされる選手がいる。そんなのただの目立ちたがり屋さ。頼りにならんね。
逃げ道を用意するのがアマチュア。逃げ道のないのがプロ。
練習が辛くなると「学生の本分は学業だ」という。そんな選手は受験に失敗すると「部活動に夢中になり過ぎたから…」ときっと言うよ。
やめたいなあ…と思っている時がもっとも成長している時である。
やるのが面白い時はまだ遊びさ。本気でやりだせば何でも壁に突き当たる。そして嫌になるもんだよ。
訓練は自分の弱点を見出すために行なう。
自分の弱点を一生隠し通すことはできない。それなら早いうちに見つけた方が安心じゃないか。
自分のできばえは自分で採点せよ。
コーチは君を落ち込ませないためにわざと誉めているのかもしれないよ。自分で自分を誉められるようにならなきゃ本物じゃない。
仕事というのは与えられてからやるものではない。自分で捜すものだ。
言われなければやらない人間のことを「指示待ち族」って言うんだ。そんな人間はチームプレイには向かないね。
個人の自由という言葉はみんなのために最善の努力をした者だけが使える。
私の勝手でしょって言う前に、みんなのために何かしてあげたかな?って考えてごらん。そうすると自分がよーく見えてくるから。
解決する意志のない行為からよい結果を期待するのは虫がよすぎる。
ちっともうまくいかないと言う選手に限ってただダラダラと時間を浪費している場合が多いもんだよ。
悪いクセはすぐ身につく。良いクセがつくには時間がかかる。
悪いとわかっていながら誘惑に負けるのが人間さ。君だけじゃない。みんなそうなんだ。亀になれ。ゆっくりでいいから歩みを止めるな。
優等生ばかりでは大仕事はできない。
優等生ばかりが集まった集団というのは意外にモロいもんだよ。強いチームになりたいなら仲間を選り好みするな。
慰めや励ましは気晴らしにはなっても明日の力にはならない。
苦しい時にこそ他人をあてにするな。自分で解決したものだけが自分のものになるんだ。
気合いだけで試合はできない。試合はアタマで勝負するものだ。
がんばるとは大声を張り上げて騒ぐことではないよ。わめく暇があったら次に何が起こるかを捜せ。
欠点や短所は完璧に治さなくてもよい。苦にならない程度に治ればあとは長所で補える。
欠点を治す努力をすることは大切さ。でも、欠点をごまかすことも力のうちなんだぞ。
涙を流すことによって失敗や過ちは解決できない。
悔しさやみじめさは胸にしまっておくからエネルギーになる。泣いてしまえば悔しさもみじめさも涙といっしょに流れてしまうぞ。
スランプは飛躍の前兆。
去年より下手になったって? 心配するな。今エネルギーを貯め込んでいるんだ。もう少し待て。前より二倍うまくなってるから。
何かをやる時は結果を先に考えるな。決心が鈍る。
もしもケガをしたら…もしも失敗したら…そんなことを考えていたら何もできやしないよ。
自由に伸び伸びやる練習からたくましさは生まれてこない。
楽しくやるのはレクリェーション。真剣になれば仲間とケンカすることもあるさ。
人の話を聞く時は相手の目を正視せよ。話は耳で聴くな。心で聴け。
人の心はことばに出るものじゃない。目に出るものだよ。
まわりで起こったことのすべてを強くなるための材料に使え。
私ならこうする。わたしならこう言う。そう思って他人のやることを見てごらん。そう思う度に一回ずつ賢くなっていくよ。
怒りは進歩の原動力。
不正や非道は絶対に許すな。不正や非道に怒りを感じなくなったら情熱をなくした証拠だ。
どうやるのが正しいかではなく、今やるべきことは何かが先だ。
どんなに忙しくてもどんなに苦しくても、今やるべきことに最善をつくしておけばその他のことは自然に解決していくものさ。
表現力のない選手はプレイも巧くならない。
わかっているけどうまく言えない? それはわかっていないからさ。他人にうまく説明できないことを自分ができるはずがない。
恩を忘れた者は生きる資格がない。
自分ひとりで偉くなったり巧くなったりした者はいないよ。
覚える途中の努力は誰でもするが、覚えた後の努力はなかなかしない。
できるようになったことは反復することによって身につくもの。わかっていることを繰り返すのは退屈だけどその根気が力となるのさ。
人は、他人の一生懸命な姿に何度も何度も接して本物になっていく。
一生懸命な姿、一生懸命な目、その美しさを知った者はもうそれだけで価値ある人間の仲間入りさ。
ほんの少しだけ修業の入口を覗いただけで苦労をしたような気になるな。
中学の時に精一杯やったからもう充分だって? それで一人前の苦労をしたつもりかい?ひとつの道を極めるってそんな簡単な事じゃないよ。
努力することは大切だけれど、自分の努力する姿に溺れるな。
一生懸命頑張ったからいいさ、と自分を慰めるのはよせ。負けた勝負は帰ってこないんだ。
練習のできばえはあくまで相対評価せよ。
自分は巧くなったと喜んでいても相手だって練習してるんだ。相手はもっとうまくなっているかもしれないぞ。
他人のかげ口はやきもちの生まれかわり。
他人の幸せ=自分の不幸…としか思えない人間がいる。そんな人間にチームスポーツをする資格はないね。
自分の愚かさに気がついた時、成長の第一歩が始まる。
何かに一生懸命取り組むと最初に見えるのは自分のすばらしさではなく自分の愚かさなんだ。一生懸命でない人にはそれが見えない。
栄光は特別の行為から生まれるものではない。
普通のことを普通にできればもう普通以上の人間なんだよ。特別のことをやるのは易しく、普通のことを普通にやるというのは難しいんだぞ。
すべてがスポーツ選手らしくなれ。
長い髪をかき上げながら試合をしたり、かかとを踏んづけた靴を履いて町を歩くような者はスポーツ選手とはいわないよ。
自分をいじめよ。自分をいじめることのできる者だけが勝利者になれる。
きのうの勝利の喜びに浸っていつまでも酔っているようでは明日はない。きょうからすぐ次の勝利の手立てを考えろ。
自分に厳しいとは、気付く努力をし続けること。
自分に厳しいとは、禅の修業をしたり断食の修業をしたりすることじゃないよ。これでいいのかな?と、いつも自分を見つめ直すことさ。
技術は練習しただけでは使いこなせない。
練習とは、技術の訓練が1%で人間的に成長するための訓練が99%だと思え。技術は人間的に成長した者だけが使いこなせるんだ。
コーチの役目の大半は選手が何かを発見するための手助けをすることである。
コーチは命令に忠実なイエスマンをつくるために教えているのではないよ。きょうからはコーチに指摘される前に自分で見つけよう。
いいことも悪いことも、起こる前に必ず前兆がある。
起こったことはだれでも気付く。強い選手は起こる前に気付く。
美しい物だけを見たい者はほんとに美しい物は見えない。
勝利の涙は美しく見えるけど、そこまでの過程にはいやなこともたくさんあるんだ。スポーツ美談なんて後から他人がつくるものさ。
意図的な結果は実になり、偶然の結果はすぐ散る。
まぐれのシュートが入って大喜びするなよ。そんなのいつも期待できることじゃないだろ。
